万博の大屋根リングを完全保存する方法を考える
万博の大屋根リングの保存が難しい理由
――木造建築の現実と、文化的象徴を守るための現実的選択
万博会場「夢洲(ゆめしま)」の象徴とも言える大屋根リング。建築家藤本壮介氏が設計した
この壮大な木造建築を「未来の遺産」として残したいという声は多くあります。
しかし、木造建築物としてみた場合、大屋根リングをそのまま保存するのは、極めて難しい挑戦です。専門的な観点から「なぜ難しいのか」「どのような保存策が現実的なのか」を整理します。
木造建築は“自然に残り続けている”わけではない
まず押さえるべき基本があります。木造建築は放置すれば必ず腐るという事実です。
多くの人は「木は丈夫で長持ちする」と思いがちです。たしかに法隆寺や東大寺のような古建築を思い浮かべると、千年以上も保たれている印象があります。
しかしそれは、「そのまま残った」わけではありません。定期的な大修繕と、材料の入れ替えによって“生き延びてきた”のです。
木材は、紫外線・雨・湿気・塩分・カビ・虫食いに弱く、風雨にさらされれば10年も経たずに劣化が進行します。
特に屋外の構造物で、塗装や防腐処理を定期的に行わない場合、木の表層から内部まで腐朽菌が進行し、構造体としての強度が急激に落ちていきます。
つまり「木造を残す」とは、“建てたまま放置しておく”ではなく、“継続的に維持・再生する”ことを意味します。
京都・奈良の木造建築が長く残る理由
法隆寺や清水寺が今も立派な姿を保っているのは、宗教施設として莫大な改修費が投入されているからです。
これらの数十年に一度の「大修理」では、屋根瓦や木材、塗装を全面的に取り替えるのが常識。1回の修理で数億〜数十億円規模の費用がかかります。
これを支えているのは、
- 宗教法人としての御布施・寄進、
- 国内外からの観光収入、
- 文化財指定による国庫補助
といった多層的な改修資金が調達できる仕組みがあります。特に寺社建築は宗教建築である点も大きな強みです。一定数の信者がいる場合は御布施としての組織的な集金機能があります。
しかし、万博の大屋根リングは当然に宗教的な建物ではありません。宗教建築でもなく、後述しますが、夢洲はカジノができますが、京都や奈良のように観光収益を恒常的に生むほどの立地でもありません。
したがって、継続的な修繕費をどこから出すのかという根本的な問題に突き当たります。
「海上の木造建築」という致命的な条件
夢洲の大屋根リングは海上人工島の上に建てられています。つまり、海風・塩分・湿気という木材には最も過酷な環境にあるのです。
木材の劣化には「含水率(内部の水分量)」が大きく関わります。湿度が高いと腐朽菌が繁殖しやすく、乾燥と湿潤を繰り返すことで内部に微細な割れが生じます。
さらに塩害によって金属ジョイント部分が腐食し、接合部の精度が崩れることで全体の剛性が低下します。
海上環境に露出した巨大な木造構造物を長期保存するのは、世界的にもほとんど例がありません。これが、大屋根リング保存の最大のハードルです。

観光地としての集客力が継続しないと難しい
文化的建造物の保存には、経済的な裏付けが不可欠です。
もし大屋根リングを夢洲に残した場合、その維持費を賄うためには「観光収入」や「寄付」が必要になります。しかし、現実的に考えて、“大屋根リングを見るためだけに夢洲へ行く人”が長期的にどれほどいるかは疑問です。
万博後の夢洲は、IR(カジノを含む統合型リゾート)の建設地として期待されていますが、カジノに来る人々が木造建築を見に足を運ぶとは限りません。
むしろ、観光の主目的から外れれば、維持コストだけが重くのしかかる可能性が高いです。京都や奈良も、例えば清水寺だけを見に行くといった、単独の寺社建築だけを見に来る観光客というのはほとんどいなく、一帯の街としての寺社建築を見に来ています。
万博のレガシーである大屋根リングだけでの集客効果はそこまで大きくないと思われます。過去の例として前回の万博の太陽の塔は、吹田市の万博記念公園の中に残っていますが、年間の来場者数は200万人程度です。
今回の万博の後半の来場者数が1日20万人を超えていましたので、その10日分程度です。保存したとしても、観光名所としての集客機能は大屋根リング単体ではそれほど多くはないと思われます。
これは、経済的にも文化的にも“持続性が低い構造”です。
「部分保存」という現実的な妥協策
大阪市が示している方針ー夢洲に市営公園を整備し、約200メートル分だけ大屋根リングを保存するーという案は、現実的な選択だと考えます。
木造建築はどんなに立派でも「維持費を確保できなければ文化財にはなれない」という点を考慮すると、現実的な政策です。
全体保存ではなく、象徴的な一部を残すことで記憶と技術を継承する。これは建築保存の世界でもよくある手法です。
海上での露出により保存環境が良くないという点と、集客装置としてのレガシーが大屋根リング単独では厳しいと言う点を考慮して、「大屋根リングを太陽の塔のある万博記念公園へまるごと移築しよう」そんなアイデアもあります。
ですが、その案も移築費用や、万博記念公園の敷地だけでは不足するであろう土地の掘削コストを考えると現実ではありません。なんせ外周2キロにもわたる巨大建築物です。
- 輸送・再建のコスト
- 文化財としての指定手続き
- 維持管理の予算化(数十年単位)
といった課題が山積します。
それをすべて「税金」で賄うのは極めて難しいのです。したがって、現地で部分保存し、残りは記録映像・模型・デジタルアーカイブ等で残すという組み合わせが、最も現実的な保存と継承の形だといえます。
“木ではない素材”という選択肢はあり得たのか?
振り返れば、そもそも大屋根リングを作るにあたり、構造材を木以外の素材で造るという選択肢もあったと思われます。
たとえば、鋼材や再生樹脂を使えば、腐朽の問題を大幅に減らせたかもしれません。
しかし、その場合――果たして人々は感動したでしょうか?
万博の大屋根リングが注目を浴びたのは、「日本が作る世界最大級の木造建築」だったからです。
木材の温かみ、自然との調和、再生可能資源としての象徴性。これらが、まさに「日本が開催する万博」というテーマを体現していました。
もし鋼材でできていたら、それは単なる構造物に過ぎなかったかもしれません。
つまり、木であることにこそ意味があり、同時に木であることが保存を難しくしている――この二律背反が、今回の問題の本質です。
文化としての建築物を残す上で必要な視点
大屋根リングの保存は、建築的にも財政的にも簡単ではありません。
木造であり、海上にあり、宗教的支援もなく、観光需要も限定的――この条件で「永続保存」を望むのは非現実的です。しかし、それをもって「失われる」と決めつけるのも早計です。
リングの設計思想や構造技術、施工ノウハウ、そして“木の持つ力を信じた挑戦”という精神。これらをデジタルデータ・映像・模型・展示によって次世代へ伝えることは十分に可能です。
そうすれば、たとえ実物のリングが姿を消しても、その理念は未来の建築文化に生き続けるでしょう。
ただし、日本人として反省しなければならない点は「文化的な価値の残る建築を作る姿勢」を社会全体で持つべきと言う点です。
万博の大屋根リングも恐らくですが、ここまで根強く残してほしいという声が日本社会から出てくる事は想定していなかったはずです。
むしろ税金の無駄遣いと言う視点がどうしてもメディア中心に先行していました。
なるべく、そういった批判的な声をやわらげつつ、自分たちのできる最大の成果を追求した建築物であったと思います。
そのため、長期的な保存に関しては、関係者の中で考える人がいたとしても大きな声に出す事も難しかったはずです。
ただし、文化としての残る建築物はどの時代も「税金の無駄遣い」から生まれます。フランスのヴァルサイユ宮殿もエジプトのピラミッドも税金の無駄遣いから生まれています。
日本の中でも東大寺や法隆寺や金閣寺も時の権力者の無駄遣いから生まれています。

後世に自分たちが生きた時代を「税金の使い方にばかりケチをつけて粗末な建築物しかなかった時代」と言われたいでしょうか?
自分たちが生きた時代を一定の文化的な華やかさのあった時代にしたければ、それは民間の力だけでは予算が全く足りません。やはり公共の力=税金の力が必要なのです。
つまり、公共建築物は、その時代の建築家にある程度の潤沢な予算の中で自由に作ってもらう寛容さが必要なのです。

