ビルの建て替えは「延期」が正解か?いずれ下がると思っている材料費。本当に下がるのか?
ビルの建て替え延期は正解なのか?
五反田TOCや中野サンプラザ等、いくつかの大型再開発案件が材料費の高騰で延期になっています。延期と言う判断は「いずれ下がる」ことを期待しての判断ですが、今回は、その「いずれ下がる」日が本当にやってくるのかを過去の歴史から検証してみます。
結論から述べると、木材やセメントなど“素材相場”は下がる局面があり得ますが、メーカー型式の建材・設備は基本的に値下がりしにくいです。したがって「もう少し待てば全体が安くなる」という期待だけで計画を先送りするのは危険です。
材料費で値下がりするもの・しないもの
確かに、先物で取り扱われるような原材料系は相場が上がる事もあれば、下がる事もあるため、その時の景気に連動して「待てば価格が下がる事も起こりうる」と考えます。
木材・鉄鋼・セメント・原油等の素材相場は下がる事もある
これらの”素材系”の材料は値動きの上下がおこりやすいです。国際需給や為替で下がる年もあります。実際に木材はウッドショック以降、値上げ局面から2025年以降は値下げ局面に一部入っていて安くなっています。
すなわち、待てばいずれ安くなる可能性はあります。
反対に、材料費の中でも値下がりが期待できないものとして、メーカーの品番が振ってあるような型式品は、原材料が下がっても、簡単には連動して値下げが難しいのではないかと考えます。
メーカー型式品(ドア、サッシ、住宅設備、電材、仕上げ材)は下がりにくい
これらのメーカーの型式品番がある”型式品系”の材料は値上げ後の価格帯を前提に、賃金・生産・流通・保証コストが再設計されてしまうため、価格は下がりにくいです。仮に材料費が下がったとしても下請け企業の単価をすぐに下げるわけにもいかず、競合他社が価格を維持する場合はそのままの価格を維持するケースが多いです。
缶ジュースの値上げの歴史とデフレ時の価格
建築材料ではない分野で事例を出すとわかりやすいのが缶ジュースです。缶ジュースは1965年頃に登場し、当時発売価格は50円でした。
それが、1970年代に二度のオイルショックを経てインフレが続く10年を経て1984年には2倍の100円になりました。

1965年:50円
–(インフレ経済)–
1973年:60円
1974年:70円
1975年:80円
1980年:90円
1984年:100円
–(バブル崩壊)–
1992年:110円
1997年:120円
–(デフレ経済)–
2014年:130円
この100円の価格以降、30年を経て2014年には130円になりました。100円から130円になるのに30年かかるわけですが、この間にバブル崩壊とデフレ経済を日本は経験しています。
結果的には1970年代に倍になった缶ジュースは、2000年代のデフレ期でも元の価格には戻りませんでした。本来であれば原材料費がデフレで下がれば缶ジュースの価格も下がって良いはずですが、そうはなりませんでした。
缶ジュースという同じサイズで規格され、各社横並びの商品というのは価格が落ちにくい商品なのです。建設業界で言うならば、ドアや照明のようにある程度グレードを絞ると各社横並びになるような商材が該当します。
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このような缶ジュースのようなメーカー型式品が値下げがされない理由としてはいくつか考えられます。
【メーカー型式品を扱う会社が値下げが難しい理由】
①製造/物流/販売の関係企業のコストを安易に下げられない
→缶ジュースの缶製造会社、自動販売機の配送会社、等の下請け企業にも一斉に価格交渉をしないと値下げは難しい。
②固定価格の中で利益を計算し給与を決めているため人件費を下げられない
→自社の働いている社員の給与を一定の粗利の中で決めているため、粗利額に変動があると必然的に人件費を下げる事につながるため難しい。
③競合他社も値下げをしないため自社だけ抜け駆けして値下げしづらい
→カルテルとまではいかないまでも一定の価格圧力があり、横並びに値上げをすることはあっても、横並びに値下げをするケースはほとんどない。
などが想定されます。一度積み上がったコスト体系は、単純な需要減や素材安だけでは崩れにくいのです。
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では、原材料を扱う会社がなぜ値下げができるのかと問われると。
【原材料を扱う会社が値下げが可能な理由】
①に関してはそもそも一次流通に絡む企業なので関係企業が少ない
→極端なケースでは原材料を輸送して納品するだけなので、物流関係の取引先程度しか調整する取引先がいない。製造業ほどサプライチェーンのプレイヤーが多くはない。
②相場により一定程度価格が変わるのが当たり前の業界のため固定価格で給与を決めていない
→相場が変動するのが当たり前な業界であるため、現時点の相場を基に給与体系を決めていない。従って従業員に考慮せずに価格決定がしやすい。
③型式品番の無い商品であるためそこまで価格のすり合わせが競合他社で効かない
→原材料であればあるほど、わかりやすい商材のため独占禁止法の監視も厳しく、価格を横並びで動かすのが難しい。
等でしょうか。
ただし、正直これに関しては説得力に欠ける点もあります。①に関しては合理的な理由ですが、②/③に関しては型式品番の商品を扱う企業と大差ない状況である可能性も高いです。
そうなると、「原材料費を扱う会社も安易に値下げをしないのではないか」という仮説が出来てしまい、より「将来的な材料費の値下がりはあまり期待できない」という結論を導いてしまいます。
つまり、安易な値下げを期待してビルの建て替えを先延ばしにすると、将来的に材料費が値下げをされる可能性よりも、もっと材料費が値上がりして建てられなくなってしまう可能性があるのではないかと危惧するのです。
より詳しく建設業界の材料費の仕組みを見ていきます。
なぜメーカー型式品の価格は下がりにくいのか
原材料そのものは相場商品
- 木材・鉄鋼・コンクリート主原料・石油化学製品は、景気、在庫、輸送費、為替の影響で短中期で上下します。
先物相場で動く商品も多いため、そもそも価格が変動するのが当たり前ととらえている商品です。 - ただし、現場価格=素材相場+加工・輸送・施工・安全管理の合計です。
素材が下がっても、人件費・燃料費・安全衛生・物流規制が高止まりすると、完成品の値は大きくは下がりません。
メーカー型式品に働く“価格が下がらない圧力”
- 横並び価格の慣行:同業各社がカタログ・見積体系で横比較され、急な値下げをしづらい。
例えば、室内のドアに関しては各メーカーグレードが中価格帯と高価格帯の二価格体系になっているため、各グレード間で横ならびに比較される。 - 賃金・製造体制の固定化:値上げ後の売上水準を前提に製造原価が割りだされ、粗利が決まり、給与・人員・稼働計画が構築されます。価格を戻すと収益モデルが崩れます。
- 部材サプライチェーンの再設計:値上げに合わせてサプライヤー契約・輸送便・在庫水準が再構築され、簡単に巻き戻せません。
- カタログ価格と値引き運用:名目値下げではなく販促割引やリベートで多少の値下げ調整をする程度にとどまり、実勢価格は下がらないケースが多い。

建築で下がりにくいモノ/下がりやすいモノ
- 下がりにくい(型式品)
室内ドア、アルミサッシ、フローリング、ユニットバス、システムキッチン、衛生器具、空調機、エレベーター、配電盤、スイッチ・コンセント、外装パネル等。
→ メーカー横並びで価格が下がりづらいです。
————————– - 比較的下がりやすい(相場性が強い商品)
:木材(製材)・鉄骨・鉄筋・セメント・骨材・燃料。
→ ただし運搬・荷役・型枠・施工人件費は下がりづらいため価格に影響を与えます。

現状できる材料費対策はないのか?
仕様・設計を見直す
- 標準サイズでコストを削減する
開口寸法や躯体スパンを既製品規格に合わせることで、特注品の金物・切り詰め加工費を削減します。 - 代替カタログの横串比較
機能同等であれば、各メーカーのワンランク下の低価格帯商品への切替えを検討します。 - 過剰性能の見直し
耐水・耐擦傷・防音等の必要強度までを明確化し、過剰仕様を削ります。 - 空調効率・断熱効率
共用部の意匠は押さえつつも、空調・断熱・省エネ投資に厚く配分し、光熱費削減で費用増加分を長期回収する事も検討します。
調達を見直す
- 長期品の先行発注
空調機、受変電、EVなどの納期に時間のかかる商品は、先行発注で価格据え置き契約+納期確保でリスクを低減させます。 - 下請け先の先行発注
施工時期が決まっている場合は早期に下請先に発注を掛ける事で、下請け先の人材の確保と外注費の上振れを抑制させます。 - 高騰時の分散発注
原材料系は高騰時の一括高止まりを避け、時期分散で発注をすることで、コストの平準化を図ります。 - 共同購入
系列企業や、同時期の複数案件で大量発注をすることで、運賃・梱包費をまとめて削減します。
工程・施工を見直す
- ユニット化
工事作業のテンプレート化をなるべく図り、現場手間とロスを減らし、人件費の上振れを抑えます。 - 段階的メンテナンス
建て替えをせずに延期をする場合は、建物の更新を全体的に止めず、空調→照明→断熱→水回りの順でメンテンナンスを段階的に実施していきます。
既存入居者のクレームを抑制し、賃料を途切れさせず継続運用をします。 - 更新の線引き
建て替えをせずに延期をする場合は、延命で足りる部位と更新が必要な部位を診断し、なんとなく全面更新”を避けます。
材料費の値下がり待ちは正解なのか?
- 誤解1:「木材が下がったら家(内装)もすぐ安くなる」
→ 加工・輸送・施工等の関連費用は下がりづらく。メーカーの型式品も下がりづらいです。 - 誤解2:「来年はメーカーが値戻しする」
→ 賃金・生産・保証の再設計後は下げにくいです。戻すなら販促枠で値引き調整するのが通常のため、定価は変わらないケースが多いです。 - 誤解3:「待てば総合的に得」
→ 金利上昇・賃料上昇・材料費のさらなる上昇が生じた場合には待ち損になる可能性もあります。
「いつか大幅に安くなる」を前提にした延期は賢明ではありません。いま設計と調達を組み替えて、確実に下げられるところを下げて進める方が賢明な選択かもしれません。
あるいは、建て替え自体を中止してリノベーションをして継続利用する選択肢も視野に入れた方が良いかもしれません。
材料費が上がり続けた場合のリスクを忘れがち
大規模案件だけではなく、小規模ビルや住宅でもコスト高で建て替えを延期すべきか迷うという声を聞きます。確かに、
いま1億円かかる工事が5年後に8,000万円で工事できるような不景気が来る可能性はあります。
ですが、それと同じくらい、
いま1億円かかる工事が5年後に2億円かかる可能性もあります。
2,000万円のコスト高が収支に合わないと見送っていたら、1億円も収支が合わない未来が待っていたなんて事が起こりうるかもしれません。
上がるか、下がるか、そのどちらかの丁半博打である場合、可能性は50%ずつです。ですが、今回の場合、むしろ後者の値上がりしていく可能性の方が高いのです。
継続的に材料費があがっていく理由を探すといくらでも出てきます。
・インフレは日本だけではなく、世界中で地球規模で続いている。
・消費者物価指数は数年にわたり、毎月下がる事が無い。
・日本は人手不足で建物を作る人の価値が上がり続けている。
・企業が人件費を上げ始めたので物価高に対応できる消費者も増えてくる。
などです。逆に下がる可能性としてはどのようなケースが考えられるでしょうか?
バブル崩壊並みの強烈な不景気がやってきた場合でしょうか?
確かに、不景気がやってくれば下がるかもしれません。
でも、海外の人は日本の不動産を安いといって今の高騰した価格でも喜んで買っています。
今の建築費でも売れている不動産を敢えて下げなくても海外の人が買います。
また、不景気になっても人手不足な社会は変わらないでしょう。
そう考えるとあまり、建築費が下がる要素のネタが現時点では見当たらないのです。
未来は予測できないけれど過去は調べられる
もちろん未来は誰にも予測できません。コロナ渦の後に未曾有のインフレや株高や不動産高騰が来るなんて誰も予測できませんでした。
なので、5年後は材料費が暴落している可能性も当然あります。
ですが、自分の思いだけで楽観的な未来を予測するのは危険です。そこで過去に似たような時期にどう物価が動いたかを調べてみたらどうでしょうか?
30年以上続いたバブル崩壊の影響で「ずっと物価は上がらない」と社会に出ている主流な20代~50代の世代は思い込んでいます。
ですが、もっと前の70代以上の高齢者世代は物価が上がり続けていた時代を知っています。
それは1970年代のインフレです。2度のオイルショックの影響が引き金になり、世界中でインフレが発生します。
先程の事例の通り、1970年代前半に自動販売機の缶ジュースは50円前後だっと言われています。それが1980年代に入ると100円になっています。つまり10年で2倍です。
当時1970年代前半に家を買った人の中には、10年程度で住宅ローンを支払い終えた人もいたと言います。
同じ事が1970年代の強烈なインフレほどではない程にしても、似たような事は既に起こっていて、コロナ渦前に東京湾岸のタワーマンションを買った人は含み益で数億円の利益を出している人もいます。
程度の差こそあれ、歴史は繰り返されているわけです。
ゆるやかなインフレは誰も本気で止めない
経済が未成熟な時代や、現代においても経済が未成熟なアフリカ諸国でハイパーインフレが起こった事があります。
それこそ紙幣が紙くず同然の価値になるほどのハイパーインフレは、政府が本気になって抑制をし、解決を図ります。
当然ですが、そうしないと経済が破綻し、国家としても破綻してしまうからです。ですが、緩やかなインフレというのは誰も本気で止めようとしない傾向にあります。
多少の経済政策はやっても場当たり的である事が多く、ゆるやかなインフレの渦中にあっても政権交代は繰り返します。
例えば1970年代は10年間で6人も総理大臣が変わっています。その間に経済政策も変わるため、一貫した対策が継続される事はありません。
結果的に10年経過して2倍くらいの物価になってしまっていた。それが過去の歴史ではないでしょうか。ゆるやかなインフレは誰も本気で止めようとしないのです。
デフレ経済の時に価格が下がる型式品は効率的な商品
デフレ経済の時もなんでもかんでも価格が下がったわけではなく、どちらかというと非効率な物の価格が下がりました。
代表的なものは「洋服」や「家具」です。生産性の低い業種であった洋服や家具がユニクロやニトリのような生産性の高い会社が安く高品質な商品を作り普及させました。
そういった商品がデフレの代表格であるように現在でも言われています。ですが、効率的なものが安く供給された事でユニクロやニトリの社員は貧しい生活をしているのでしょうか?
答えはNOです。両社とも平均給与は一般の企業よりも高いです。そして関連する取引先等の周辺経済も潤いました。
すなわち、デフレ経済で評価されていた会社は、安い材料をたたき売っていた会社ではなく、効率的な商品を流通させ経済的な利潤も確保させていた会社だったのです。
では、建設業界で同じようにデフレになった際に革新的な技術によりコスト削減をして、高品質な工事を実現する会社が現れるでしょうか?
可能性はゼロではありませんが、かなりハードルが高いです。
部分的な工事に関してはロボットの導入によりコストは下がるかもしれませんが、産業革命以降、これだけの年月を経ても未だに手作業の多い業界です。
これもまた、歴史を振り返るとここまで革新的なイノベーションが起こってきた形跡の無い業界ですので、あまり生産性は変わらないのではないかと推測できます。
つまり、現場作業においてもあまりコストが下がる可能性は高くないのではないかと推測されるのです。
延期ではなく、明確に中止にして再利用も検討してみる
ここまでの話をまとめると、材料費の高騰により建て替えを延期する事はあまり良い選択肢ではないのではないかと仮説が立てられます。
むしろ、建て替えをしないという明確な決断をして、建物を残してリニューアルしていく選択肢があっても良いと思います。
実際に材料費の高騰前から京都では既存建物の再利用が進められています。旧電電公社の建物を建て替えではなく再利用してホテルや産業施設として復活させた「新風館」。


清水寺からすぐ下の小学校のあった、旧清水小学校をリニューアルしてホテルにした「ザ・ホテル青龍 京都清水」。


このように一部をホテルや商業施設として再利用をすることで経済的付加価値を古い建物に持たせて、リニューアルに成功した例もあります。
このように建て替えをしないならしないで、しっかりと振り切ったリニューアルプランニングが必要になります。中途半端な延期を継続し続けるのが最もよくない選択と言えます。

